◆ヤコブ 3:18 「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。」
◆正しい義の業の実りを得るためには、平和のうちに実行することが大事だと語られています。
平和の種を蒔いて、義の実を結ぶことができますように。
◆ヤコブ 3:18 「義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。」
◆正しい義の業の実りを得るためには、平和のうちに実行することが大事だと語られています。
平和の種を蒔いて、義の実を結ぶことができますように。
今週のテーマは、「平和」です。
◆詩 85:8 聞かせてください。【主】である神の仰せを。主は御民に主にある敬虔な人たちに平和を告げられます。彼らが再び愚かさに戻らないように。
◆敬虔な人に、神の平和を告げられると記されています。
再び以前のような愚かな歩みをするのではなく、敬虔に歩む者となりましょう。
◆ロマ 10:8 「みことばは、あなたの近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは、私たちが宣べ伝えている信仰のことばのことです。
◆神のみことばは、私たちの近くに、口に、心にあると語られています。
神の御名、命のロゴスは、私たちの近くに、口に、心に宿ってくださるのです。
◆箴 15:3 「【主】の目はどこにもあり、悪人と善人を見張っている。」
◆私たち日本人は、人の目、世間の目を気にする民族性があると言われます。
しかし、本当にきにするべきは、神様の眼差しです。
神様は誰が見ていなくても、私たちを見ておられます。
また、どんなに弱さの中にあっても、見捨てずに見守っていてくださいます。
◆使 17:27 「それは、神を求めさせるためです。もし人が手探りで求めることがあれば、神を見出すこともあるでしょう。確かに、神は私たち一人ひとりから遠く離れてはおられません。」
◆神は、私たちの遠くではなく、私たちの近くにおられます。
手探りでも、神を捜し求めていく時、神の祝福を、神ご自身を見出すことができるでしょう。
◆詩 139:8 たとえ私が天に上ってもそこにあなたはおられ私がよみに床を設けてもそこにあなたはおられます。
◆天にもよみにも、あなたがどこにいたとしても、あなたがいるそこに! 神はおられます。
神がいつもいてくださることを意識しながら歩むことができますように。
◆マタ 6:6 「あなたが祈るときは、家の奥の自分の部屋に入りなさい。そして戸を閉めて、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたところで見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」
◆人に見せるのではなく、隠れたところで、静まって神に祈るように勧められています。
◆エレ 23:24「天にも地にも、わたしは満ちているではないか。──【主】のことば。」
◆神は、ご自分が全地に満ちているとお語りになりました。
天にも地にも、どこにでも主が現存しておられることをお示しになったのです。
今週のテーマは、「どこにでもいる神」です。
◆ロマ 1:20 「神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。」
◆神の力と神性は、被造物を通して現わされていると語られています。
美しい星空、草花など、自然を通して、神の栄光は現わされています。
神を感じる力が与えられますように。
◆マタ 27:58 この人(アリマタヤのヨセフ)がピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願い出た。そこでピラトは渡すように命じた。
◆弟子たちが逃げ去った中で、アリマタヤのヨセフは、十字架からイエスを取り下ろしました。
それは、イエスの弟子であることを証しすることでしたが、彼は身の危険を顧みず、愛の手でイエスを抱き締めました。
ヨセフのイエスに対する大きな愛を見ることができます。
◆マタ 19:21 イエスは彼に言われた。「完全になりたいのなら、帰って、あなたの財産を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を持つことになります。そのうえで、わたしに従って来なさい。」
◆イエスは金持ちの青年に、お金に執着することをやめて「わたしに従って来なさい」と言われました。
そうすれば、この地上かぎりではなく、永遠に消えることのない天国に宝をもつことができると教えられています。
◆マタ 15:22 すると見よ。その地方のカナン人の女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ。私をあわれんでください。娘が悪霊につかれて、ひどく苦しんでいます」と言って叫び続けた。
◆カナン人の女は、娘のためにイエスに救いを叫び続けました。
救い主であり神の子であるイエスは、娘を助けることができると信じていたからです。
◆マル 1:40 さて、ツァラアトに冒された人がイエスのもとに来て、ひざまずいて懇願した。「お心一つで、私をきよくすることがおできになります。」
◆ツァラアトという重い病に苦しんでいた人が、イエスの元に来て懇願しました。
病がうつると考えられて隔離されていた人で、見つかると人々から石を投げつけられるかもしれませんでした。
しかし、彼は「イエス様は清くし、癒すことができる」と信じて、イエスの元に来たのでした。
◆ヨハ 4:29 「来て、見てください。私がしたことを、すべて私に話した人がいます。もしかすると、この方がキリストなのでしょうか。」
◆イエスがサマリの婦人に「あなたと話しているこのわたしがそれです」と言われたとき、彼女が、イエスの印象を町の人々に語ったことばです。
彼女は、イエスを救い主、主と信じ、いのちの水を飲むことができたのです。
今週のテーマは、「イエスとの出会い」です。
◆ヨハ 1:49 ナタナエルは答えた。「先生、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」
◆ナタナエルは、イエスに自分がしていた事を言い当てられて信じるようになりました。
全知の神であるイエスと出会ったのです。
明日から22日(日)まで、お休みとなります。
◆ロマ 11:33 「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。」
◆神の知恵は、非常に深く、知り尽くすことはできません。
神は、私たちの常識では図ることができません。
神の知恵の眼差しをもって、見る者となることができますように。
◆箴 8:11 知恵は真珠にまさり、どんな喜びも、これとは比べられないからだ。
◆知恵は、私たちの信仰生活を導き、守り、豊かにします。
ですから、知恵は真珠に勝るのです。
キリストの知恵を求めましょう。
今週のテーマは、「神の知恵」です。
◆Ⅰ列王 3:12 「見よ、わたしはあなたが言ったとおりにする。見よ。わたしはあなたに、知恵と判断の心を与える。あなたより前に、あなたのような者はなく、あなたの後に、あなたのような者は起こらない。」
◆神がソロモン王に言われた言葉です。
ソロモンは、神から願いを聞かれたとき、財産でも長寿でもなく、知恵を判断の心を求めました。
神はそれを大変喜ばれ、彼に知恵と判断の心と、あらゆる祝福をお与えになりました。
◆Ⅰヨハ 4:17 「こうして、愛が私たちにあって全うされました。ですから、私たちはさばきの日に確信を持つことができます。この世において、私たちもキリストと同じようであるからです。」
◆私たちの上に、十字架の愛の贖いが完全に働きました。
この世において、キリストと同じような者である、とは何と素晴らしい約束のみことばでしょうか。
このみ言葉が、私たちに実現しますように。
◆ロマ 13:14 「主イエス・キリストを着なさい。欲望を満たそうと、肉に心を用いてはいけません。」
◆「キリストを着る」とは、第1に、生涯キリストに従って、キリストの命に歩むことです。
第2に、接する人々が服を見るように、キリストを見えるように現わすということです。
◆ガラ 4:19 「私の子どもたち。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。」
◆キリストは私たちの贖いのために、十字架の上で苦しんでくださいました。
パウロは信徒たちのために、産みの苦しみをしていると言っています。
私たちも愛する人々のために、祈り労する者となりましょう。
◆ガラ 4:14 「そして私の肉体には、あなたがたにとって試練となるものがあったのに、あなたがたは軽蔑したり嫌悪したりせず、かえって、私を神の御使いであるかのように、キリスト・イエスであるかのように、受け入れてくれました。」
◆ガラテヤの信徒たちは、弱さを持っていたパウロをキリストであるかのように受け入れました。
イエスは言われました。「最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。」マタ
25:40
私たちもすべての人に対して、まるでキリストであるかのように愛をもって接することができますように。
◆Ⅱコリ 5:20 「こういうわけで、神が私たちを通して勧めておられるのですから、私たちはキリストに代わる使節なのです。私たちはキリストに代わって願います。神と和解させていただきなさい。」
◆私たちは、キリストの代わりの使節、もう一人のキリストとして召されています。
キリストのように、和解の福音を伝える者となりましょう。
◆Ⅱコリ 3:3 あなたがたが、私たちの奉仕の結果としてのキリストの手紙であることは、明らかです。それは、墨によってではなく生ける神の御霊によって、石の板にではなく人の心の板に書き記されたものです。
◆「あなたがたは…キリストの手紙である」と語られています。
聖霊によって、私たちの心にキリストが記されました。
人々が私たちを見て、キリストを知り、キリストを感じることができますように願います。
今週のテーマは、「キリストのように」です。
◆ピリ 1:21 「私にとって生きることはキリスト、死ぬことは益です。」
◆キリストのように生きること、そこに祝福と勝利の秘訣があります。