2021年5月25日火曜日

礼拝の御言葉「わたしは渇く」

 

ペンテコステが近づいてきました。

私たちは、命の水に渇きたいのです。

イエスは十字架の上で、「わたしは渇く」(ヨハネ19:28)と言われました。

血が一滴一滴落ちるに従い、焼けるような渇きが起こりました。

しかし、それは単なる肉体的渇きだけでなく、霊的渇きでした。

私たちの愛を求められる、愛の渇きでした。

私たちが願う以上に、イエスが愛を注ぎたい、命の水を注ぎたいと

願っておられます。

ペンテコステ礼拝に向かって、この1週間心から聖霊の注ぎを祈り求めていきましょう。

聖霊来てください。

神は愛なり!

2021年5月3日月曜日

礼拝の御言葉「わたしの主、わたしの神よ」

 トマスと復活されたイエスの出会いを学びました。

トマスは、「ディディモ」と呼ばれていました。

「ディディモ」とは、「双子」という意味ですが、ある牧師は、

「トマスが、二重人格のように二面性を持っていたトマスのあだ名であったのでは」

と記しておられます。

聖書は、はっきり記していませんが、トマスはラザロの復活の場面で、

「わたしたちも主と一緒に死のうではないか」と、命を懸けてイエスを信じ、

愛していたことを見ます。

しかし、イースターの日、「この手をそのわき腹(十字架の傷)に入れてみなければ、

わたしは決して信じない。」(ヨハネ20:25)と、不敬虔な言葉を語りました。

私たちも、イエスを信じたいとお願いながら、すぐに迷い不信仰になってしまう

自分の姿を見せられます。

イエスは、この疑い深いトマスの前に、トマス一人のためにもう一度現れてくださいました。

「信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」20:27

トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言いました。

私たちも、復活し今も生きておられるイエスを、心から信じ礼拝する者となりましょう。

「わたしの主、わたしの神よ」

神は愛なり!




2021年4月26日月曜日

礼拝の御言葉「起きなさい」

 

全国青年大会がオンラインでもたれ、全国から約200人が参加しました。

「若者よ、起きなさい」のメッセージに取り組みました。

「起きなさい」との言葉は、「起き上がりなさい」、「目を覚ましなさい」とも訳せる言葉で、

この言葉から派生したのが「復活」という言葉です。

今コロナ禍で、多くの困難な中を通っている青年たちがいますが、

神様が青年たちがいるそれぞれの場所に臨んでくださり、

命の光を輝かせてくださいました。

私たちも、イエスの力強い言葉によって起き上がることができますように。

「命を失って死んでいる若者に、今、天地万物の創造者、

全能の神の御手がさしのべられ、触れられました。」

「若者よ、あなたに言う。起きなさい」ルカ7:14

今より、我は主なり!

 


2021年4月19日月曜日

礼拝の御言葉「心は燃えていた」

 

礼拝では、「エマオのキリストとの出会い」を学びました。

エマオに向かっていた弟子たちに、イエスが近づき、共に歩き始められましたが、彼

らをイエスだと分かりませんでした。

教会学校で、実際にヴェールをかぶってみましたが、今話しているイエスが来られて

も分からないということはあり得ないと感じました。

よほど大きな悲しみが、不信仰がヴェールとなっていたので、大切なもの、大切な方

が分からなかったです。

希望を失い、心に火が消えかかっている人がいるなら、その人は幸いです。

イエスはあなたにも近づき、ご自分の栄光を現してくださるからです。

「聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」ルカ

24:32

心からすべてのヴェールを取り除かれて、復活の主の栄光を見、心燃やされることが

できますように。

2021年4月5日月曜日

礼拝の御言葉「み足跡に」

 キレネ人シモンについて学びました。

イエスが十字架の重みに耐えかねて倒れられたとき、シモンは無理やり十字架を負わされました。

嫌々十字架を背負っていたシモンでしたが、イエスの愛のみ姿、恵みの御言葉を聞いて心溶かされ、キリストの弟子となったと言われています。

イエスが倒れられたのは、私たち人類の罪の十字架が重かったからであることを、心に刻みましょう。

イエスの「後ろから」シモンは主に従いました。

そのみ足跡を弟子たちや聖者たちが従い、さらに先輩の聖徒たちが従われました。

私たちも今、苦しい時を歩んでいるかもしれませんが、十字架を負い、そのみ足跡に従うことができますように。

「あなたがた召されたのはこのためです。というのは、キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。」一ペト 2:21

神は愛なり!





2021年3月29日月曜日

 昨日は、「しゅろの聖日」の記念日で、イエスが十字架にかかるために、

子ロバに乗ってエルサレムに入城された日です。

昨日は、「しゅろの聖日」の記念日で、イエスが十字架にかかるために、

子ロバに乗ってエルサレムに入城された日です。

人々は、「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福が

あるように」と叫んでイエスを迎えました。

「ダビデの子」とは、ダビデ王の子孫から生まれると約束されたいた

「救い主」という意味で、

「ホサナ」とは、「どうか救ってください」、「今救ってください」

という意味です。

今、コロナという黒雲が私たちを覆っていますが、私たちも心からの

信仰を込めて、祈りましょう。

「ホサナ」「どうか救ってください」、「今救ってください」

神は愛なり!



2021年3月15日月曜日

礼拝の御言葉「謙遜と恵み」

 全国の信徒がリモートで、年会聖会のメッセージを拝聴しました。

創立者大槻牧師は、その遺言書の中で、「謙遜な者となりなさい」と語られました。

「謙遜」とは辞書に、「へりくだって、自分を低くすること」とあり、人の目を意識したものです。

しかし、聖書が示す謙遜とは、神の眼差しのもとに歩み、自分ではなく神に頼ることを示しています。

神はこう約束しておられます。

「神は、高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる」Ⅰペト5:5

謙遜な者となりましょう。

神は、私たちを助け支え、恵みをあふれるほどに注いで下さいます。