2026年7月30日木曜日

7月30日 日々のみことば「その方の名を呼んで」

 ​〇使 22:16 「さあ、何をためらっているのですか。立ちなさい。その方の名を呼んでバプテスマを受け、自分の罪を洗い流しなさい。」


〇預言者アナニアが迫害者サウロ(パウロ)に語ったことばです。
ユダヤ教の教え、自分勝手な考えに固執していたサウロに、み名を唱えて救いを得るようにとアナニアは語りました。
これこそは、救いを得る秘訣です。

2026年7月29日水曜日

7月29日 日々のみことば「弟子たちの足を洗う」

ヨハ 13:5 それから、たらいに水を入れて、弟子たちの足を洗い、腰にまとっていた手ぬぐいでふき始められた。 


〇イエスは弟子たちの足を洗い、心も洗いたいと願われました。
また、イエスは神であられるのに、弟子たちの足を洗われました。
ここに、真の謙遜の姿を見ます。

2026年7月27日月曜日

7月28日 日々のみことば「一つの泉が開かれる」

ゼカ 13:1 「その日、ダビデの家とエルサレムの住民のために、罪と汚れをきよめる一つの泉が開かれる。」


〇罪と汚れをきよめる泉が開かれることが預言されていますが、この預言は、十字架上のキリストにおいて実現しました。
そのみ傷から血と水が流れ出て、生ける水の泉が開かれたのです。

7月27日 日々のみことば「ヒソプで罪を除いてください」

 詩 51:7 「ヒソプで私の罪を除いてください。そうすれば私はきよくなります。私を洗ってください。そうすれば私は雪よりも白くなります。」


〇「ヒソプ」とは、食物の名前です。
イエスが十字架にかけられたとき、兵士たちは、酸いぶどう酒を含んだ海綿をヒソプの枝に付けて、イエスの口もとに差し出しました。
十字架の血による贖いによって、私たちの罪は取り除かれ、洗い清められます。

2026年7月26日日曜日

7月26日 日々のみことば「七回身を浸した」

 今週のテーマは、「洗い清め」です。


Ⅱ列王5:14 「そこで、ナアマンは下って行き、神の人が言ったとおりに、ヨルダン川に七回身を浸した。すると彼のからだは元どおりになって、幼子のからだのようになり、きよくなった。」

〇ナアマンは、ツァラアトという病に冒されていましたが、神の人エリシャの言葉通りに七回川の水に身を浸しました。
すると、彼の体はきれいになり、いやされました。
神のことばに従う人は何と幸いでしょう。

2026年7月25日土曜日

7月25日 日々のみことば「幸いなことよ」

イザ 30:18 「それゆえ【主】は、あなたがたに恵みを与えようとして待ち、それゆえ、あわれみを与えようと立ち上がられる。【主】が義の神であるからだ。幸いなことよ、主を待ち望むすべての者は。」


〇主は恵みとあわれみを与えるために、その御座から立ち上がってくださいます。
恵みとあわれみを受け取るために、主を待ち望みましょう。
その時、あなたは幸いな人と呼ばれるようになるでしょう。

2026年7月23日木曜日

7月24日 日々のみことば「主に雨を求めよ」

 ​〇ゼカ 10:1 「【主】に雨を求めよ、後の雨の時に。【主】は稲光を造り、大雨を人々に、野の草をすべての人に下さる。」


〇雨が少ないイスラエルにおいて、雨は恵みの雨です。
そして、雨は、聖霊の象徴です。
主に恵みの雨、聖霊の雨を求めましょう。
主は雨を注いで、緑の命で満たしてくださいます。

7月23日 日々のみことば「雨を降らせてくださる」

 ヨエ 2:23 「主は、義のわざとして、初めの雨を与え、かつてのように、あなたがたに大雨を降らせ、初めの雨と後の雨を降らせてくださる。」


〇預言的には、「初めの雨」とはペンテコステ、「後の雨」とは、終末に与えられる聖霊の注ぎのことです。
この約束の実現のために、祈るようにと招かれています。
聖書は約束しています。「終わりの日に、わたしはすべての人にわたしの霊を注ぐ。」

2026年7月21日火曜日

7月22日 日々のみことば「心を一つにして祈っていた」

 使 1:14 「彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。」


〇マリアと弟子たちは、心を一つにして祈り求めました。
その結果、ペンテコステの御霊が祈り求めていた120人のすべての弟子たちの上に、豊かに注がれました。
一人の祈りは小さいかもしれませんが、複数の人が心を合わせて祈る時、その祈りは神様に届くのです。

7月21日 日々のみことば「主はどこにおられるのですか」

 Ⅱ列王 2:14 彼は、エリヤの身から落ちた外套を取って水を打ち、「エリヤの神、【主】はどこにおられるのですか」と言った。エリシャが水を打つと、水が両側に分かれ、彼はそこを渡った。


〇エリシャは、エリヤの神を信頼し依り頼んで、エリヤの外套でヨルダン川を打ちました。
すると、川は左右に割れて、そこを渡ることができました。
主に信頼する者は、目に前にどんな障害が立ちふさがっても、それを打ち破って進むことができます。

2026年7月20日月曜日

7月20日 日々のみことば「私に答えてください」

Ⅰ列王 18:37 「私に答えてください。【主】よ、私に答えてください。そうすればこの民は、【主】よ、あなたこそ神であり、あなたが彼らの心を翻してくださったことを知るでしょう。」


〇エリヤがバアルの預言者と大切したときに祈った祈りです。
エリヤは神の火を求めて祈りましたが、それは偶像礼拝をしている民の心を回心させるためでした。
神の栄光と人々の救いのための祈りを、神はかなえてくださるのです。

2026年7月19日日曜日

7月19日 日々のみことば「主を待ち望む者は」

 イザ 40:31 「しかし、【主】を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない。」


〇主を待ち望む人は、新しい神の力を受け、鷲のようにぐんぐん高みへ上って行くことができる。
走っても弱ったり、疲れることはない、と約束されています。
他のものに頼るのではなく、ただ主を待ち望みましょう。

2026年7月18日土曜日

7月18日 日々のみことば「御名を呼ぶ者」

 詩 99:6 「モーセとアロンは主の祭司たちの中に、サムエルは御名を呼ぶ者たちの中にいた。彼らは【主】を呼び、主は彼らに答えられた。」


​〇サムエルは主の御名を呼び、主はサムエルに答えられました。
主の御名を呼ぶとき、素晴らしい救いと祝福が与えられるのです。

2026年7月17日金曜日

7月17日 日々のみことば「聞き従うこと」

Ⅰサム 15:22 サムエルは言った。「【主】は、全焼のささげ物やいけにえを、【主】の御声に聞き従うことほどに喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」


〇神の言いつけに従わなかったサウル王を、サムエルはいさめました。
神が喜ばれるのは、いけにえや捧げ物ではなく、神の声に耳を傾け、従順に従うことです。

2026年7月16日木曜日

7月16日 日々のみことば「その人に油を注げ」

 ​〇Ⅰサム 9:16 「明日の今ごろ、わたしはある人をベニヤミンの地からあなたのところに遣わす。あなたはその人に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの君主とせよ。彼はわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫びがわたしに届き、わたしが自分の民に目を留めたからだ。」


〇サムエルは、神に命じられた通りサウルに油を注いで王としました。
神は、サウルによってペリシテの支配から救い出されました。
民が神に、助けを祈り求めたからです。

2026年7月15日水曜日

7月15日 日々のみことば「主は彼とともにおられ」

 〇Ⅰ「サム 3:19 サムエルは成長した。【主】は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。」


〇サムエルが語った言葉は、地に落ちることなくすべて実現しました。
それは、主が彼とともにおられたからです。
また、サムエルが、神のことばに耳を傾けたからです。

2026年7月14日火曜日

7月14日 日々のみことば「立って渡りなさい」

 ヨシ 3:6 ヨシュアは祭司たちに「契約の箱を担ぎ、民の先頭に立って渡りなさい」と命じた。そこで彼らは契約の箱を担ぎ、民の先頭に立って進んだ。


〇約束の地に入ろうとしたとき、ヨルダン川が彼らの前に立ちふさがりました。
しかし、神が命じられた通り、祭司が契約の箱を担いで一歩川に入ると、水はせき止められて川を渡って約束の地に入ることができました。
契約の箱は、神の臨在の象徴です。

2026年7月13日月曜日

7月13日 日々のみことば「忠実な祭司」

 Ⅰサム 2:35 「わたしは、わたしの心と思いの中で事を行う忠実な祭司を、わたしのために起こし、彼のために確かな家を建てよう。彼は、わたしに油注がれた者の前をいつまでも歩む。」


〇サムエルが用いられた秘訣を知ることができます。
彼は、神のことばを忠実に行い、いつまでも最後まで従い続けました。
私たちも、神の前に忠実な僕となりましょう。

2026年7月11日土曜日

7月12日 日々のみことば「激しく泣いて祈った」

​今週のテーマは、「サムエル」です。


Ⅰサム 1:10 「ハンナの心は痛んでいた。彼女は激しく泣いて、【主】に祈った。」

〇サムエルの母、ハンナは、子どもがなかなか与えられず、激しく泣いて神に祈りました。
その時、神はハンナの祈りに応えてくださいました。
私たちも涙の祈りをおささげしましょう。

2026年7月10日金曜日

7月11日 日々のみことば「霊のいけにえを」

 ​〇Ⅰペテ 2:5 「あなたがた自身も生ける石として霊の家に築き上げられ、神に喜ばれる霊のいけにえをイエス・キリストを通して献げる、聖なる祭司となります。」


〇聖なる祭司として召されている私たちは、神に霊のいけにえをおささげしましょう。
すなわち、聖霊による賛美と祈りと礼拝、聖霊によって救われた愛する魂といういけにえをささげましょう。

7月10日 日々のみことば「完全に救うことがおできになる」

 ​〇ヘブル 7:25 「したがってイエスは、いつも生きていて、彼らのためにとりなしをしておられるので、ご自分によって神に近づく人々を完全に救うことがおできになります。」


〇イエスは十字架にかかって死なれましたが、復活して今も生きておられます。
それ故、いつも今も私たちのためにとりなしてくださっているので、神に近づいてくる人を完全に徹底的に救うことがおできになるのです。

2026年7月8日水曜日

7月9日 日々のみことば「主が祝福されますように」

 ​〇民 6:24-26 「【主】があなたを祝福し、あなたを守られますように。【主】が御顔をあなたに照らし、あなたを恵まれますように。【主】が御顔をあなたに向け、あなたに平安を与えられますように。


〇主が祭司に、この言葉をもって民を祝福しなさいと言われた言葉です。
主の祝福、み顔の光、恵み、平安があなたにありますように。

7月8日 日々のみことば「御前の破れに立ち」

 詩 106:23 「もし神に選ばれた人モーセが、滅ぼそうとする激しい憤りを収めていただくために、御前の破れに立たなかったならどうなっていたことか。」


〇罪の故に民の上に裁きが下ろうとしていた時、モーセが神の前に心を注ぎ出して祈り、神のあわれみを引き出しました。
私たちもモーセのように、愛する人々、子どもたちのために、とりなし祈ることができますように。

2026年7月6日月曜日

7月7日 日々のみことば「契約の箱を担ぎ」

 今日は、チャペルティータイムです。

どうぞお祈りください。

​〇ヨシ 3:6 ヨシュアは祭司たちに「契約の箱を担ぎ、民の先頭に立って渡りなさい」と命じた。そこで彼らは契約の箱を担ぎ、民の先頭に立って進んだ。

〇約束の地に入る時、彼らの前にヨルダン川が立ちふさがりました。
しかし、神のみ言葉通り、神の箱を担いだ祭司が川の中に一歩踏み出すと、川の水はせき止められて民は約束の地に入ることができました。
神の箱は、神の現存の象徴です。

7月6日 日々のみことば「祭司としてくださった」

 〇黙 1:5,6「私たちを愛し、その血によって私たちを罪から解き放ち、また、ご自分の父である神のために、私たちを王国とし、祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくあるように。アーメン。」


〇神は十字架の血によって私たちの罪を赦し、祭司としてくださいました。
今度は私たちが、人々の罪を赦し、とりなし祈る番です。
大祭司であるキリストになって、とりなし祈る者とならせていただきましょう。

2026年7月5日日曜日

7月5日(日) 日々のみことば「聖でなければならない」

 今週のテーマは、「祭司」です。


レビ 21:8 「彼はあなたにとって聖でなければならない。あなたがたを聖別する【主】であるわたしが聖だからである。」

〇神は祭司たちが、聖なる存在であることを求められました。
神の代わりに儀式を行う祭司は、神が聖なる方であられるように、聖なる者となるように求められました。
そして、神は私たちにも、聖なるものとなるように望んでおられます。

2026年7月3日金曜日

7月4日 日々のみことば「七を七十倍するまで」

 マタ 18:22 イエスは言われた。「わたしは七回までとは言いません。七回を七十倍するまでです。」


〇ペテロが何回赦せばいいかと尋ねた時に、イエスが言われた言葉です。
イエスは、490回、つまり何度でも赦しなさい言われました。
イエスが、まずそれを実践されたのです。
私たちも、人を赦す人となれますように。

7月3日 日々のみことば「赦します」

 ​〇マタ 6:12 「私たちの負い目をお赦しください。私たちも、私たちに負い目のある人たちを赦します。」


〇イエスが弟子たちに教えらえた「主の祈り」の中の1節です。
イエスが私たちの罪を赦されたように、私たちもすことが求められています。
​それは非常に難しいことですが、神の愛に満たされ、人を 赦 すことができますように。

2026年7月2日木曜日

7月1日 日々のみことば「債務証書を無効に」

 コロ 「私たちのすべての背きを赦し、私たちに不利な、様々な規定で私たちを責め立てている債務証書を無効にし、それを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。」


〇私たちは罪という借金を背負い、そのままでは天国に行くことができない者でした。
しかし、キリストは十字架の上に身代わりとなって罰を受けてくださったので、借金は取り除かれ、天国の命が与えられたのです。
それは愛です。神は愛なり