◆ピリ 1:29 「あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。」
◆私たちの信仰生活において、苦しみ、試練が襲ってくることがあります。
キリストを信じているが故の苦しみもあるかもしれません。
しかし、それを「キリストのために受ける恵み」と捉える人は幸いです。
苦しみの中にあって、忍耐の光、喜びの光を見出すことができるでしょう。
◆ピリ 1:29 「あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。」
◆私たちの信仰生活において、苦しみ、試練が襲ってくることがあります。
キリストを信じているが故の苦しみもあるかもしれません。
しかし、それを「キリストのために受ける恵み」と捉える人は幸いです。
苦しみの中にあって、忍耐の光、喜びの光を見出すことができるでしょう。
◆Ⅱコリ 4:10 「私たちは、いつもイエスの死を身に帯びています。それはまた、イエスのいのちが私たちの身に現れるためです。」
◆「イエスの死を身に帯びている」とは難しい表現ですが、自我に死ぬ、苦しみの中にあってもそれを耐え忍び、キリストのように生きるということです。
その時、私たちの存在を通して、キリストの命が現れるようになるのです。
◆Ⅱコリ 1:4 神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます。
◆私たちがどんな試練、苦しみ、問題の中にあっても、神が慰めを与えてくださいます。
それだけではなく、私たちは慰めに満たされて、愛する人々に慰めを与える人となることができます。
み言葉通りになりますように。
◆哀 3:25 「【主】はいつくしみ深い。主に望みを置く者、主を求めるたましいに。」
◆3章19節に、「私の苦しみとさすらいの思い出は、苦よもぎと苦味だけ」と語っています。
それほどの苦しみを経験した人が、主のいつくしみを賛美し、主の望みを置く幸いを賛美しています。
主の望みを置きましょう。
◆Ⅱテサ 1:5 「それは、あなたがたを神の国にふさわしいものと認める、神の正しいさばきがあることの証拠です。あなたがたが苦しみを受けているのは、この神の国のためです。」
◆この世の生活では、試練、苦しみが襲ってくることもあります。
しかし、この苦しみを耐え忍ぶなら、天国が私たちを待っています。
苦しみを乗り越える力を与えていただきましょう。
今週のテーマは、「苦しみの中で」です。
◆Ⅱコリ 12:9 しかし主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」と言われました。ですから私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。
◆大使徒パウロは、神の恵みが弱く苦しい時にこそ現れたと証ししています。
愛の神は、苦しんでいる人を放っておくことがおできにならないからです。
◆Ⅰコリ 6:19 「あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮なのです。」
◆私たちの心は、神が与えてくださる聖霊の宮、神の教会です。
今日の礼拝において、聖霊を心の宮にお迎えしましょう。