〇エゼ 3:17 「人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたは、わたしの口からことばを聞き、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。」
〇私たちは、聖書を読む時、集会でみことばを聞く時、神の口からのことばを聞かせていただきたいのです。
そのとき、神のみことばは、私たちを生かし強め力を与えてくださるでしょう。
〇エゼ 3:17 「人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたは、わたしの口からことばを聞き、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。」
〇私たちは、聖書を読む時、集会でみことばを聞く時、神の口からのことばを聞かせていただきたいのです。
そのとき、神のみことばは、私たちを生かし強め力を与えてくださるでしょう。
〇コロ 1:26 「すなわち、世々の昔から多くの世代にわたって隠されてきて、今は神の聖徒たちに明らかにされた奥義を、余すところなく伝えるためです。」
〇パウロは、神に仕えて奉仕しているのは、神から示された奥義、福音を人々に余すところなく伝えるためだと語っています。
神の奥義、福音は、本当に素晴らしく、恵みに満ち、愛と喜びに満ちています。
私たちもこの奥義を、余すところなく一人でも多くの人に伝えることができますように。
〇Ⅱテモ4:1,2 「神の御前で、また、生きている人と死んだ人をさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思いながら、私は厳かに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。」
〇パウロは弟子であるテモテに、キリストの前で天国を思いながら厳かに「みことばを宣べ伝ええなさい」と命じました。
「みことばを宣べ伝える」ことはそれほど重要で価値があることだからです。
しかも、時が良くても悪くても、どんな状況でも相手がどうであってもみことばを宣べ伝えなさいと命じられています。
今週のテーマは、「みことばに仕える」です。
〇ルカ1:1,2 「私たちの間で成し遂げられた事柄については、初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人たちが私たちに伝えたとおりのことを、多くの人がまとめて書き上げようとすでに試みています。」
〇この書の著者はルカです。
彼は、他の弟子たちから聞いたことをまとめてこの書を記しましたが、その弟子たちについて「みことばに仕える者」と記しています。
弟子たちは、イエスのみことばに仕え、聞き従い、実践する人々であったことが分かります。
〇マタ 2:11 「それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」
〇博士たちは、衣服が汚れるのも気にせず、ひれ伏して幼子イエスを礼拝しました。
彼らはその宝物によって、この幼子こそ永遠に変わらない真の神、祈りとりなしてくださる真の救い主、愛の故にご自分を犠牲として死なれる愛の救い主であるとの信仰を告白したのです。
〇ルカ2:29,30 「主よ。今こそあなたは、おことばどおり、しもべを安らかに去らせてくださいます。私の目があなたの御救いを見たからです。」
〇老シメオンが、救い主イエスに出会ったときに語ったことばです。
彼は生涯をかけて待ち望み、ついに救い主に出会い、「もう死んでもよい。満足です」との思いでこう語りました。
救い主との出会い、そこに人生の望みが、すべてがあります。
メリークリスマス!
クリスマスの祝福がありますように!
〇ルカ2:10,11 御使いは彼らに言った。「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
〇大きな喜びの知らせが、羊飼いたちに告げられました。
それは、主(神)であり、キリスト(救い主)であるイエスの誕生です。
この知らせは、民全体、すべての人に告げられており、大きな喜びに導くのです。
〇ルカ2:6,7 ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
〇イエスは、馬小屋の飼葉桶の中に寝かされました。
それは、救い主を迎える人がいなかったからです。
私たちはこのお方を、私たちの心の飼葉桶にお迎えしましょう。
〇マタ 1:23 「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である
〇お生まれになる救い主は、インマヌエルの神だと語られています。
インマヌエルとは、「神が私たちとともにおられる」という意味で、いつどこにいても神は私たちを見守り支えともにいてくださるということです。
〇ルカ1:46,47 マリアは言った。「私のたましいは主をあがめ、私の霊は私の救い主である神をたたえます。」
〇マリアが神をたたえて語ったマリア賛歌と呼ばれる参加です。
彼女は、魂の奥底から神をあがめ、霊をもって救い主である神をほめたたえました。
私たちも心の奥こそから神はあがめたたえましょう。
今週のテーマは、「クリスマス」です。
〇ルカ 1:38 マリアは言った。「ご覧ください。私は主のはしためです。どうぞ、あなたのおことばどおり、この身になりますように。」すると、御使いは彼女から去って行った。
〇マリアは、天使から救い主の母となるとのみ告げを受けた時、このように答えました。
「神様のみことばのとおりになりますように」、と神の僕となって答えました。
そのとき、救い主はこの地上に、彼女の胎内においでになったのです。
〇ミカ 5:2 「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。その出現は昔から、永遠の昔から定まっている。」
〇救い主が、ベツレヘムで生まれること預言しているみことばです。
ベツレヘムは、ユダの氏族の中で一番小さい者、小さい町でした。
しかし、神はあえてこの町をお選びに なったのです。
ベツレヘムとは、「パンの家」という意味です。
イエスは、私たちの心の命の糧となるために、この世に来てくださったことを示しているのです。
〇イザ 9:6 「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。」
〇イザヤは、生まれる救い主が主権を持ち、「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」であると預言しています。
私たちは、神様のもとに助言を求めて近づきましょう。
主が力をもって、平和をもって、私たちを支えてくださいます。
〇マラ 3:1 「あなたがたが尋ね求めている主が、突然、その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、彼が来る。──万軍の【主】は言われる。」
〇民はイザヤの預言を受けて、700年間、救い主を待ち望んでいましたが、救い主が神殿に来られると預言されています。
イエスは神殿に立って、ご自分の栄光を現されました。
このみことばは、やがて、主が再び神殿におられるとの預言でもあります。
〇申 18:15 「あなたの神、【主】はあなたのうちから、あなたの同胞の中から、私のような一人の預言者をあなたのために起こされる。あなたがたはその人に聞き従わなければならない。」
〇モーセのような預言者、救い主がおいでになるとの預言です。
モーセは、誰よりも柔和・謙遜な人で、民のために自分を犠牲にしてとりなし祈った人です。
キリストも同じように、柔和で、自己を十字架の上に犠牲にしてくださいました。
〇イザ11:1 「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に【主】の霊がとどまる。」
〇「エッサイ」とはダビデ王の父で、「若枝」とは救い主のことです。
救い主は、ダビデの子孫から生まれることが預言されています。
そして、その救い主イエスの上には、主の霊がとどまっていると語られています。
〇民 24:17 「私には彼が見える。しかし今のことではない。私は彼を見つめる。しかし近くのことではない。ヤコブから一つの星が進み出る。イスラエルから一本の杖が起こり、モアブのこめかみを、すべてのセツの子らの脳天を打ち砕く。」
〇「一つの星」「一本の枝」とは、救い主イエスのことです。
イエスは、闇の世に輝く星であり、世を統治される平和の王です。
私たちも彼のように、救い主を感じ、いつも見つめる者となりましょう。
今週のテーマは、「約束されたメシア」です。
〇イザ 7:14 「それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」
〇預言者イザヤは、メシア(救い主)が赤ちゃんとなってお生まれになることを預言しました。
このメシアは、インマヌエル、私たち共にいてくださる神様です。
〇詩32:1,2 「幸いなことよ。その背きを赦され罪をおおわれた人は。幸いなことよ。【主】が咎をお認めにならずその霊に欺きがない人は。」
〇罪をおおわれ、過ちがなく、その霊が正しく歩んでいる人は幸いだ! と語られています。
赦され、愛の御霊に満たされ、幸いな日々を歩むことができますように。
〇詩 51:7 「ヒソプで私の罪を除いてください。そうすれば私はきよくなります。私を洗ってください。そうすれば私は雪よりも白くなります。」
〇大きな罪を犯したダビデが祈った祈りです。
彼は、自分の大きな罪を洗い清めてくださるように願いました。
神はこのような自分をも、雪よりも白く清めてくださると信じていたからです。
〇ルカ 15:18 立って、父のところに行こう。そしてこう言おう。「お父さん。私は天に対して罪を犯し、あなたの前に罪ある者です。」
〇放蕩息子のたとえの中で、息子が語ったことばです。
財産を使い尽くした息子は、最後に自分の過ちを認めて父のもとに帰ってきました。
その時、父(愛の神)は息子を赦し、愛し、受けて入れてくださったのです。
〇ルカ 15:7 「あなたがたに言います。それと同じように、一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」
〇このみ言葉の前に、100匹の羊のたとえが語られていて、迷い出た一匹の悔い改めと救いがどれだけ素晴らしいことか、どれだけ神様がお喜びになるかが語られています。
羊は迷いやすい動物だそうですが、私たちの心が迷うことなく、一直線に神様に従って行くことができますように。
〇Ⅱコリ 7:10 「神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。」
〇悲しみには、「神のみこころに添った悲しみ」と「世の悲しみ」の2種類があると語られています。
「世の悲しみ」は、自分や周囲の人が引き起こした悲しみで死をもたらし、「神のみこころに添った悲しみ」は、救いへ導く悔い改めを生じさせます。
私たちの日々には、いろいろな試練や悲しみが襲って来ますが、その一つ一つを「主のみこころに添った悲しみ」とすることができますように。
〇イザ 57:15 いと高くあがめられ、永遠の住まいに住み、その名が聖である方が、こう仰せられる。「わたしは、高く聖なる所に住み、砕かれた人、へりくだった人とともに住む。へりくだった人たちの霊を生かし、砕かれた人たちの心を生かすためである。」
〇神がともにいてくださるのは、心が砕かれへりくだっている人です。
神はその人の霊魂を生かし、その心を生かし強めてくださいます。
今週のテーマは、「悔いし砕かれた心」です。
〇イザ 66:2 「【主】のことば──わたしが目を留める者、それは、貧しい者、霊の砕かれた者、わたしのことばにおののく者だ。」
〇神が目を留め顧みてくださるのは、貧しさ弱さの中にある人、霊魂と心が砕かれ低くされている人、神の言葉を畏れ敬い実践する人です。
神に目を留めていただける人となりましょう。
〇ルカ 10:21 ちょうどそのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主であられる父よ、あなたをほめたたえます。あなたはこれらのことを、知恵ある者や賢い者には隠して、幼子たちに現してくださいました。そうです、父よ、これはみこころにかなったことでした。」
〇「幼子たち」とは、ここでは子どもではなく、弟子たちのことです。
弟子たちが神の業を行って帰った気ときに言われたみことばです。
神は、愚かな者、弱い者、見下されている者、無に等しい者をあえて選ばれるのです(1コリ1:28)。
(朝の祈り会)
〇マル 10:15 「まことに、あなたがたに言います。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入ることはできません。」
〇子どものように単純素直に神の国を、神の言葉を受け入れる人にならないなら神の国に入ることはできないと教えらえています。
しかも、「決して入ることはできない」と強い言葉で語られています。
単純素直に神の国を受け入れ信じる者となりましょう。
〇マタ 18:4 「ですから、だれでもこの子どものように自分を低くする人が、天の御国で一番偉いのです。」
〇天国では、地位や才能、財産をもった人ではなく、幼子のように無垢で単純素直な低い心を持った人が一番偉いと教えられています。
私たちも偉くなりたい、人に認められたいと思うよりも、素直な低い心となれるように神様願いましょう。
その人こそ、天国に一番近い人です。
〇ヨハ 6:9 「ここに、大麦のパン五つと、魚二匹を持っている少年がいます。でも、こんなに大勢の人々では、それが何になるでしょう。」
〇弟子たちには無意味に思えた少量のパンと魚でしたが、神様はこのささげ物によって5千人以上の人々を満足させる奇跡を行われました。
神様は、全能の神様です。
〇Ⅰコリ 14:20 「兄弟たち、考え方において子どもになってはいけません。悪事においては幼子でありなさい。けれども、考え方においては大人になりなさい。」
〇考え方においては、子どものように無知ではなく、しっかり考え神よりの知恵を与えられて考え行動しなさい。
悪事においては、大人の打算的な考えではなく、子どものように純粋な思いで悪事を避けないという意味です。
悪事から身を避ける者となりましょう。
今週のテーマは、「幼子のように」でした。
訂正いたします。
〇Ⅰサム 17:45 ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と槍と投げ槍を持って私に向かって来るが、私は、おまえがそしったイスラエルの戦陣の神、万軍の【主】の御名によって、おまえに立ち向かう。」
〇少年ダビデは、3mもある敵の勇士ゴリヤテに立ち向かいました。
彼には、剣も鎧もありませんでしたが、万軍の主の御名によって立ち向かって勝利を得ました。
私たちの前に、多くの試練や問題が立ちふさがっても、万軍の主の御名によって祈り、勝利を勝ち取りましょう。